25時間目の作業

吉本隆明さんの言葉に「書くことは25時間目にやれ」というものがある、というツイートを見かけた。たしか、24時間は生活をして別の1時間を使ってでも書くという行為をしろ、というような趣旨。自分が見かけたツイートはどこか遠くに消えていってしまったけど、検索してみたら確かにそのようなニュアンスのことを当人が言っておられたようだ。

現在午前3時だが、寝ようと思った瞬間にこの言葉をふと思い出したので25時間目の作業を行えという啓示なのだと解釈、ついでに去年を軽く振り返る。2017年はとにかく色々なことをやったようで、実はそんなにやっていないような、なんとも言い難い気持ちのまま年を明けた。2007年に大学入学と共に上京し、途中半年間の帰省を挟んだが東京での独り暮らしが10年目となったのが2017年。この年、上京して初めて大学に行く積極的な用事が無くなった。

2012年に大学卒業して以降も、アシスタントとして2016年まで大学に週1回通い続けていた。しかし、担当教員が海外研修に行くことになったため、初めて大学に行かなくなったのだ。まあ1年時(7単位取得)、2年時(10単位取得)もほとんど大学には行ってなかったのだけど。大学に行かなくなったことをあえてこうやって書くのは、自分にとってはこれまでとは何か違う1年になったからだ。大学に行くということについて、いくつかの要素が思い当たるが、どの要素が強い影響を与えているのかはわからない。

・通学バス
・大学の環境
・授業中の教室
・学生の意見発表
・教員、院生、ゼミ生との会話

これらのどれかなのか、単純にサブの居場所があることが大事だったのか。とにかく「週1回、仕事とは別のことを確定で行う場所がある」というのが自分にとってはすごく重要なのだと思った。

一方、現在主な収入源となっている仕事、いわゆる本業の方は、大学への出勤のため発生していた“固定で動けない曜日”というのが無くなったため、作業量が増えた。一時期は異常に増えた。毎週1本以上の納品が、1月1週目から12月最終週まで毎週あった。自分の立ち位置としては、主にプロデュース、ディレクション、マネジメント、といったところ。諸々の事情から制作のスケジュールが遅れがちになるタイミングで何度か諦めそうになった。が、全部一応なんとかなった。学びとしては、動き始めるのは早いに越したことはない、という感じか。

こうやって、立ち位置の部分で偉そうな名前のポジションを書いたけども、いまいち自分が持っているスキルというものを客観視することが難しくて、正しく把握できていない。ので、持っていると思われる技術の棚卸しをしなければならないと感じている。昨年、大学へは行かなくなったものの、新規で個人的に携わる案件が3~4件ほど発生した。それがたまたま、いずれも求められているスキルが違うときたもんだ。そういうのも含めて、毎年同じ働き方をしているわけではないから、自分が今何をすることができて、以前と比べて何ができるようになって、今後何ができるようになっていたいか、といった部分を整理しておいたほうがよさそう。

今年は、昨年末に大流行して、自分の中でも心に深く刻まれた「やらなければ、はじまらない」を信条に挑戦していこうと思っている。まずは、手始めに先週ぐらいからBlender(3DCG作成ソフト)に手を出してみたのだが、何かお見せすることができるようになるにはまだまだ先が長そうである。